潜水艦レンビットを見学しました
- 大沢
- 4 日前
- 読了時間: 7分
いつもお世話になっております。行政書士法人メイガス国際法務事務所の大沢です。先日、エストニアの首都タリンにある海洋博物館を訪問し、潜水艦レンビットを見学しました。
こちらの博物館には、WW2前にイギリスのヴィッカースで建造され、エストニア海軍とソ連海軍で運用されたカレフ級潜水艦レンビットが展示されており、内部の操舵室や魚雷発射管、乗組員の居住スペースに実際に乗り込んで、当時の過酷な環境を体感できます。
なお、レンビットは2011年に陸揚げされてから展示されているのですが、世界で最も長い期間水に浮かんでいた現存する潜水艦だそうです。
レンビットは、エストニア海軍の現存する唯一の潜水艦です(エストニアは海洋国家であり、防衛すべき長い海岸線を持つのですが、エストニア海軍は世界最小の海軍とも言われています)。
潜水艦や機雷は、大艦隊を正面から保有できない小国でも、狭い海峡や航路を利用して相手の行動を制約できる装備です。バルト海では、水深、狭い航路、島嶼などの地理的条件から、水中兵器が特に重要でした。

本コラムでは、レンビットがどのような潜水艦であったかご説明するのではなく、1930年代に行われた英国からエストニアへの潜水艦輸出は、当時の貿易管理の制度においてどのような許認可が必要であったか、どのようなスキームで輸出されたのかをご説明します。
レンビットの輸出スキームを考える
潜水艦レンビットの建造・引渡しは、当時の英国でも「民間造船所が勝手に売った」ものではありません。当時の英国には、国内法と条約の2種類の管理がありました。
①国内法:ワシントン条約実施法、武器輸出禁止令
ただし、「エストニアへ潜水艦を輸出することが地域の平和や人権に適切か」といった現代的な審査は行われていなかった可能性があります。理由としては同条の許可の審査基準として、「海軍省が、ワシントン海軍軍縮条約により課された義務の遵守を確保するために必要であると認める場合を除き、これを拒否してはならない。」と明記されており、行政裁量の余地が非常に小さく見えるためです。
なお、潜水艦本体とは別に、潜水艦に搭載する魚雷や艦砲等の武器については、Arms Export Prohibition Order 1931(1931年武器輸出禁止令)の許認可が必要となったようです。Arms Export Prohibition Order 1931では、大砲、魚雷、魚雷発射管などを輸出規制の対象としていましたが、軍艦自体は対象としていないように見えます。
そして、1935年の政府各省共同覚書の第24項は、軍艦の建造・輸出は Treaties of Washington Act 1922 (ワシントン条約実施法)に基づき海軍省が管理し、軍艦から分離して輸出される海軍兵器は通常の輸出許可制度に服すると説明しています。すなわち、魚雷等を潜水艦に搭載して輸出するならばワシントン条約実施法の枠組みを用いて、魚雷等を別送する場合は、別に武器輸出禁止令の枠組みに従ったということかと思われます。
Arms Export Prohibition Order 1931に従う場合でも、「禁止/Prohibition」という名前の法令ではありますが、実際は申請により輸出許可を受けることができました。(禁輸/Embargoではありません。)
したがって、レンビットについては、潜水艦自体は当時のワシントン条約実施法による許可を受けたのではないか、その上で魚雷等を別送したのであれば、武器輸出禁止令の許可を受けたのではないかと思います。ただ、当時のレンビットの輸出申請書類等はさすがにGoogleで軽く検索した程度では見つかりませんでした。
他に、当時は1900年英国武器輸出法/Exportation of Arms Act 1900という法令も存在し、国王がProclamation(勅宣)により、武器等の輸出を、指定した国・地域について禁止できると定めていました。ただし、この法律の目的は「英国又は英国と共同作戦中の軍に使用されることを防ぐ」というだけのものでした。したがって、この法律は現代の包括的な輸出管理法令とは少し性質が異なるものだったと思います。
② 条約:ワシントン海軍軍縮条約とロンドン海軍軍縮条約
英国はワシントン海軍軍縮条約の締約国でした。エストニアのような非締約国向けに英国領域内で軍艦を建造する場合、
第16条:締約国が非締約国向けに軍艦を建造した場合、契約締結日、起工日、主要諸元を他の締約国へ速やかに通知するという義務がありました。
中学生・高校生の時に歴史の勉強が好きだった方がいれば、「潜水艦はワシントン海軍軍縮条約の対象外で、ロンドン海軍軍縮条約だけ考えるべきでは?」と思うかも知れません。
確かに、ワシントン海軍軍縮条約は締約国による主力艦(戦艦など)の保有を制限しています。具体的には、第6条では「締約国のいずれの主力艦(capital ship)も、口径が16インチ(406ミリメートル)を超える砲を搭載してはならない。」とされ、capital shipの定義は「空母を除く軍艦のうち、標準排水量が1万トンを超えるもの、または口径8インチ(203ミリメートル)を超える砲を装備するものを指す。」とされています。
しかし、それとは別に16条で軍艦一般について、非締約国向けの建造の通知義務を設定しているのです。16条は「非締約国のための軍艦(any vessel of war)の建造が、いずれかの締約国の管轄区域内で行われる場合、当該締約国は、契約の署名日および当該艦の起工日を速やかに他の締約国に通知するとともに、第II章第3部第I節(b)、(4)および(5)に規定される当該艦に関する詳細事項を他の締約国に伝達しなければならない。」とされており、主力艦に限らず軍艦全般が対象となるのです。
レンビットの契約は1934年12月、起工は1935年6月で、いずれもワシントン条約の有効期間内です。したがって、英国には少なくとも契約・起工段階の通知義務があったと思われますが、実際の英国発通知文書そのものは今回ネットで簡単に検索した限りでは見つけられませんでした。
ちなみに、第18条には「各締約国は、いかなる軍艦についても、その軍艦が外国の海軍に所属する軍艦となるような方法で、贈与、売却、またはいかなる形態の譲渡によっても処分しないことを約束する。」と書いてありますが、これはレンビットのような新造船への規制ではなく、締約国が保有する軍艦を外国海軍へ払い下げることを禁止した規定であり、民間造船所が外国政府の注文により最初から外国海軍向けに新造する場合まで禁止したものではないものと思われます。(もし外国政府からの新造艦の受注まで禁止するなら、16条の意義がなくなります。)
なお、ロンドン海軍軍縮条約第7条は、新造する潜水艦については原則として、基準排水量2,000トン以下、搭載砲5.1インチ(約130mm)以下としていました。
レンビットは約665トン、最大砲40mmなので、制限を大きく下回ります。つまり条約によって建造を禁止されるものではありませんでした。
ということで、レンビットが英国で建造されてエストニアに来るまでに、以上のような法務面での検討と必要な許認可手続きを行った誰かに思いを馳せている筆者でした。
余談ですが、現地(エストニア・タリン)のロシア大使館は抗議活動が行われていた形跡が生々しく残っており、エストニア警察のパトカーが警備を行っていました。訪問の一週間前に、エストニアがロシアとの国境を一部封鎖したと発表したばかりだったので、情勢やエストニア国民の対露感情が気になっていましたが、その一端を感じることができました。
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