該非判定とは?
谷垣:そもそも、日本から貨物を輸出したり、海外に技術を提供しようとする場合に、何でも好き勝手に送っていいわけではありません。極端な例を出すと、日本から核兵器を輸出したり、核兵器の作り方を海外に教えるというのは、非常にまずい気がしますよね。そういう風に、好き勝手送るべきではない貨物・技術の一覧が日本にはあり、輸出令・外為令・貨物等省令などが規制リストとなっています。
これらのリストには、大量破壊兵器はもちろんですが、兵器自体でなくとも、兵器を製造できるような工作機械や、兵器の部品や付属品、軍事転用可能な貨物、戦略物資・軍需品など、様々なものが掲載されています。実際のリストを見る際は、輸出令や外為令の別表や、貨物等省令を見ることになりますが、これらを経産省がまとめてマトリクス表として公表しています。エクセルファイル形式で、以下のURLから誰でも無料でダウンロード可能です。
経済産業省Webサイト 貨物・技術のマトリクス表
そして、該非判定とは、輸出を行おうとしている貨物や技術が、それらのリストに掲載されているか否かを確認する作業です。
確認した結果は、該非判定書という書類にまとめます。もし該非判定結果が輸出規制に非該当であれば、非該当証明書も発行します(書式は定められていないので、該非判定書と非該当証明書の両者を兼ねる書類もよくあります)。
該非判定の結果、規制に該当する(リストに掲載されている)とわかれば、経済産業大臣の許可がないと輸出できません。許可を取得するためには、申請の準備や審査の期間も考慮しなければなりませんので、輸出したいタイミングから逆算して予め該非判定を行う必要があります。
該非判定書のサンプル(書式は一例)
該非判定はどのように進めますか?
谷垣:基本的にはメールベースでお客様から仕様書やパンフレット、URLなど、製品の資料を提供してもらい、不明な点は都度依頼者に確認しながら進めていきます。
ただ、中古品や試作品のため製品資料が無い等の場合は、お客様の倉庫に出向いたり、弊所に送ってもらったりするなどして現物を直接確認することもあります。実際に製品を分解し、搭載されている集積回路の型番等まで確認したりすることもあります。
該非判定書は誰が作る?作るのは難しい?
谷垣:一般的にはメーカーや輸出者、商社が作成することが多いです。ただ、あくまでも該非判定を行わなければならないのは輸出者ですので、誰が該非判定書を作成していたとしても、もし問題が起きた際は輸出者の責任になります。また、該非判定書を行政書士が作成することもあります。
行政書士は、該非判定の結果、輸出許可が必要となった際に、許可申請だけを行っていると思われることがあります。しかし、「事実証明に関する書類」や「官公署に提出する書類」の作成は、行政書士法において行政書士業務として認められていて、該非判定書の作成はこれらにあたります。
また、該非判定書を弊所で作成する以外にも該非判定には様々な関与方法があります。
例えば、弊所のクライアント様が該非判定を行う上で、判断に迷った際にご相談頂いたり、他社が作成した該非判定書を弊所で確認することもあります。セカンドオピニオンみたいですよね。そして、実際に誤りを発見することもあります。メーカーの作成したものでたまに見受けられるのは法令解釈の誤りで、外部団体が発行したものは製品知識不足による誤りをみかけることがあります。
大沢:実際の事例として、フェイクをいれて説明しますけれど、メーカーが音響機器を輸出したいので該非判定を他社さんに依頼して、非該当ということになったんですけれど、税関で輸出規制にひっかかるものではないか?と疑念を抱かれて止められてしまって、弊所にご相談にいらしたことがありました。
で、実機と資料を弊所が拝見すると、音響機器に暗号通信機能が搭載されていたんですね。実はその音響機器は見た目こそ普通ですが、政府首脳や要人が使う際に無線を盗聴されないように、暗号化されていたんです。そして、メーカーさんがそれを該非判定依頼時に伝えていなかったのです。
法的には輸出者に責任がありますが、実際問題として輸出案件がほとんどないメーカーからすると、そういった知識が不足していて、輸出に際して非該当証明書が必要と言われたから依頼したものの、どういう規制の趣旨かわかっておらず、該非判定依頼に際してどのような機能を搭載していることを伝えるべきかわからないという実態もあります。
また、その時に該非判定を行われた業者のヒヤリング不足もあり、暗号機能を搭載していることを知らなかった。おそらく当時の業者さんは「普通の音響機器だと聞いてたからその通り判定したよ。そんな特殊な機能があるなら言っておいてよ」と思っているかも知れません。
弊所ではそのような事態に陥らないよう、製品理解を重視しています。仕様書やパンフレットをお送りいただいたり、製品の使い方や使用場面、類似製品との違いや技術的な優位性などについても色々とお伺いしながら、該非判定を行っています。
谷垣:製品理解が一番むずかしいですよね。仕様書をサッと拝見して理解できるようなものであれば困りませんが、多くの場合はメーカーや商社でも社内で対応することが難しいため弊所にご依頼頂いていますので、「この製品がどういうものか?そういう原理でその機能を実現しているのか?」ということを理解する段階から難しい複雑な製品も多いです。内心、(何なのよこれ~)ってよく呟いています。
大沢:わかる。原子力関係の貨物とか、医療機器とか、どういう原理で、一体何ができて、何がすごくて、どういう部品を搭載してるとか、把握するのが本当に大変です。
なのでまず我々に基礎知識がないと、個別の製品についてご説明を頂いてもわかりませんから、潜水機材を輸出する際は潜水士免許をもつ行政書士が担当したり、防衛装備品の該非判定をする際は実際に自衛隊の施設に訪問して部隊研修を受け入れて頂き、隊員の方から装備品について説明を受けたり、複雑なネットワーク機器を輸出する際は、通信担当の技術顧問(大手通信インフラ会社のネットワークエンジニア)に相談して教育を受けたり、日比研鑽しています。
また、法令知識は最も重要です。弊所のクライアント様には、防衛装備品商社や防衛装備品メーカーなど、防衛産業の方々もいらっしゃいますので、非常に高度かつ難解なご質問を頂くこともありますが、リスト規制の元となる輸出管理レジームの規制リストの記載ぶりなども確認して対応しています。
輸出管理レジームとは?
谷垣:輸出規制は我が国が独自に実施しているものではなく、我が国を含めた主要国が、国際輸出管理レジームに参加し、各国で歩調をあわせつつ輸出規制品目を決定し、それぞれの国の国内法に落とし込んでいます。複数国で同様の輸出規制を設けることで迂回輸出スキームを封じることに繋がるためです。
よって、輸出したい貨物が日本の規制リストの対象となるか不明な場合、そもそも日本で輸出が規制されるに至った経緯を調べることも必要ですが、その際は国際輸出管理レジームの原文を読んだり、検討過程を調査し、日本法と比較しています。
日本は主に、国際輸出管理レジームとして、NSG(原子力供給国グループ)、AG(化学兵器・生物兵器に関するオーストラリア・グループ)、MTCR(大量破壊兵器の運搬手段であるミサイルに関する輸出管理レジーム)、WA(通常兵器に関するワッセナー・アレンジメント)の4つに参加しています。
外務省による説明ページ
ただ、あくまでも国内の事業者に適用されるのは日本の外為法ですし、レジームとの相違点や、日本の独自規制もありますので(特に北朝鮮制裁、ロシア制裁など)、なんとも回答しがたい場合は輸出管理を所管している経産省に照会し、解釈を求めることもあります。
難しくて記憶に残る案件はありますか?
谷垣:いつも難しいですけどね!でも記憶に残ってるという点では、私が初めて担当した該非判定のフェーズドアレーアンテナでしょうか。入職当時は理系はさっぱりで、当時は一般家庭などにも設置されている八木アンテナとフェーズドアレーアンテナの違いも分かっておらず、ずっと製品資料、規制リストと交互ににらめっこしていました。今ならちゃんとできる自信がありますし、むしろ簡単な案件とすら思えますが、入職当時は難しすぎて上司が巻き取ってくれたのを覚えています。
あと、入職当時は規制文言がややこしくて苦労したのも覚えています。例えば、貨物等省令の下記文章、皆さんさっと読んですぐに理解できますか?
【イ 対称アルゴリズムを用いたものであって対称鍵の長さが五六ビットを超えるもの又は非対称アルゴリズム(アルゴリズムの安全性が次の(一)から(六)までのいずれかに該当する困難性に基づくものに限る。以下この号において同じ。)を用いたものであって、データの機密性確保のための暗号機能を有するように設計し、又は改造したもの(当該暗号機能を使用することができるもの(当該暗号機能が有効化されているものを含む。)又は安全な仕組みの暗号機能有効化の手段以外の手段で暗号機能を有効化できるものに限る。)のうち、次の(七)から(十)までのいずれかに該当するもの((十一)から(二十)までに該当するものを除く。)】
大沢 そんなにわかりにくいですか?確かに、二重括弧の使い方はちょっと分かり難いけど、単に暗号の理解が足りていなかっただけでは?
谷垣 ひ、ひぃ~ん…😭このコラムをお読みの方で誰か私の味方になってくれる方はいませんか?
通関事故に接する機会はありますか?
谷垣:まず初めに断っておきますが、弊所で作成した該非判定書が原因で通関事故が起きたことはもちろんありません。
他方で、通関事故が起きてから弊所にご相談頂くケースはあります。該非判定書を作成していなかった、よく分からないまま適当に作成していた、等の理由で弊所に該非判定書の作成をご依頼頂く等です。
また、通関事故をきっかけに税関による事後調査や経産省による事後審査に繋がることもあります。事後調査や事後審査は簡単に言えば、過去の輸出案件が適法に行われていたかを確認するものです。なので、過去の輸出時に該非判定書を作成していなかった場合などは、過去の輸出当時に施行されていた法令に遡って該非判定書を作成するようなケースもあります。
尚、事後調査はランダムで行われることもあります(当局より怪しまれていなくとも受ける可能性があります)。実際に弊所の顧問先もこのランダムな事後調査を受けたことがあります。その際は私も事後調査対応の支援を行いましたが、無事に指摘事項無く終了し、顧問先のカウンターパートの方々と、弊所職員一同が安堵しました。
それから何年も経ちますが、当時のカウンターパートの方と再会した際は、今でも「あの時は緊張しましたね~!」と話題になります。
意外と弊所側も緊張してるんですね!
谷垣:そりゃします!ある時、私が上司と車で移動していると、「◯◯税関の輸出事後調査部門からお電話がありました」と受付の職員から連絡が入りました。
輸出事後調査部門とは、不正輸出など、貿易関係の不正が疑われる際に来られる部門です。心当たりがなくても警察からの突然の電話はドキドキしますが、あれと同じです。
その時、私と上司は客先からの帰り道で、事務所に戻ったらいただこうと少し奮発した北海三昧弁当(いくらやウニ、カニ、ホタテなどがてんこ盛りのめっちゃおいしそうな海鮮丼)を購入した直後で、大変ワクワクしておりましたが一変、車内は緊張に包まれました。
事務所に戻りすぐに電話を折り返すと、我々が何か疑われているわけでは全くなく、我々に対する調査協力のお願いだったとわかりました。我々がやらかしたわけではないということが分かり、安心しましたが、寿命は間違いなく縮んだと思います。
大沢:税関の方はご丁寧に、「驚かせてすみません…」と言って下さいますし、我々が臆病すぎるだけかもしれません(笑)